札幌高等裁判所 平成元年(ネ)352号 判決
(抄録)
『一 リース契約の成立について
<中略>
二 リース物件の引渡しについて
1 <中略>
2 引渡しの有無
そこで、本件において、目的物件の引渡しの有無について検討するに、目的物件がY1に引渡された事実を認め得る的確な証拠はない。
もっとも、本件契約においては、前示のとおり、Y1は、目的物件の完全な状態での引渡しを確認したうえで初回金を支払うべきものとされ、Xが初回金の支払によって目的物件の引渡しの事実を間接的に確認するしくみになっているところ、<証拠>によれば、Xは、昭和六〇年九月二一日にY1から初回金の入金があったとして経理処理をしている事実が認められる。しかし、右初回金の支払は、後記のとおり、Mがこれを行ったものであり、Xは、Mが右初回金の支払をすることについて予め承諾していたものであるから、右初回金入金の事実から目的物件の引渡しの事実を推認することはできないものというべきである。
3 引渡しの主張と信義則
ファイナンスリースにおいて、目的物件の引渡しが契約の効力発生要件であり、目的物件の引渡しのないときは、ユーザーはリース料支払義務を負わないと解すべきことは前示のとおりであるが、目的物件の引渡しは、実際にはサプライヤーからユーザーに対して直接行なわれ、リース会社は引渡しに関与せず、したがって引渡しの有無を直接確認することができないのが通例であり、そのため、一般のファイナンスリースにおいては、リース会社は、物件借受証の交付によって引渡しの確認を行い、また、本件契約においては、これに代わるものとして、ユーザーの初回金の支払によって間接的に引渡しの確認を行なうこととされているのであるから、ユーザーがこのようなリース契約のしくみを悪用して、サプライヤーと通謀の上、目的物件の引渡しがないのに引渡しを受けたように装ってリース契約の申し込みを行なった等の事情のある場合には、ユーザーがリース会社に対して引渡しのないことを主張してリース料の支払を拒むことは、信義則上許されないものと解すべきである。
そこで、本件において、Y1が目的物件の引渡しのないことを主張することが信義則上許されないと解すべきか否かについて、以下検討する。
(1) <証拠>によれば、本件契約の目的物件であるミロクMS TOGETHERは、Mが昭和六〇年九月に導入を予定していたオフィスコンピュータの新機種であるが、コンピュータ本体(ハード)とともに導入する予定であったパッケージソフトウェアである「統合ソフト」の開発が遅れたため、右機種を目的物件として締結された多数のリース契約においてユーザーに対する物件の引渡しができなかったことが認められ、本件において引渡しがなされなかったのも同様の理由によるものと推認される。<証拠>によれば、Y1は本件契約の申込みをする際、Y1との間で本件契約締結の交渉に当たったMの盛岡支社の担当者から本件のリース物件は二週間程でY1方へ発送される旨聞かされていたのに、リース物件(機械本体及びソフトウェア)が届けられないため、その後何回か右盛岡支社に問い合せていたが、引渡しが遅れている理由については、ソフトウェアが未完成であるとの説明以外に具体的な回答が得られないままに経過していたこと、Y1は、リース物件の引渡しがないのにリース料が現実に支払われていること(後記のとおりMが支払っていた。)について、MからもXからも何らの通知を受けていなかったので、未だ本件契約は効力を生じていないものと理解していたことが認められる。このような引渡し不履行の理由は、もっぱらサプライヤーであるMの責に帰すべきものであり、Y1はなんら関与しておらず、また、Y1が、本件契約時において、右のような引渡しのできない事情を知っていたことを窺わせる証拠もない。
(2) <証拠>によれば、Y1は、昭和六〇年にMと特約店契約を締結し、Mのコンピュータの販売を行い、販売手数料を得ていた事実が認められるところ、Xは、Y1がMの特約店として経済的利益を享受し、その販売活動に従事していたものであり、したがって、Mとは一体関係にあったものであるとして、目的物件の引渡しがないというY1の主張が信義則違反であると主張している。
しかし、<証拠>によれば、Mは販売拡張策として特約店制度を採用し、特約店に宣伝用として一台以上のMのコンピューターを取得することを義務づけ、昭和六〇年当時には全国に一二〇〇余の特約店を有するようになっていたが、特約店主の多くは、Mの特約店の募集に応じてサラリーマンを辞めて特約店を経営するようになった者であったので、コンピューターに関する知識も少なく、顧客を集めることも難しかったこと、Y1も昭和六〇年初めにサラリーマンを辞めてMの特約店の募集に応じてMとの間で特約店契約を締結し、Mのコンピューター等の販売店を経営するようになったものであるが、昭和六一年八月にMが倒産したことに伴い、そのころ廃業したこと、なお、Y1がこの間に売却したコンピューターは五台にすぎなかったこと、他方、Xは当時Mの株主でもあり、Mとはかねてから業務提携契約を結んでおり、本件契約及びこれと同種のリース契約にかかる目的物件について、リース料の初回金の入金を確認する前にMに対してリース物件の売買代金を支払うなど、Mとは緊密な提携関係にあったこと、Mは昭和六〇年八月当時すでに新機種であるMSトゲザーの導入を決定しており、右機種用のハードウェア三〇〇台は同年六月ごろに他から買い入れていたが、これを動かすための基本のソフトウェアを含め各種のソフトウェアの開発にはなお六箇月を要することが見込まれたこと、MはMSトゲザーをまず特約店に宣伝のため等に使用するものとして取得させることとしたが、ソフトウェアの開発にはなお六箇月を要するため、特約店にはすぐにMSトゲザーについてリース契約の申込みをしてもらうが、そのリース料の支払については、特約店に対する援助という形式で、初回分から六箇月間はMが特約店に代わってリース料を支払うこととし、そのころMはXに対して、右のとおりMが初回分から六箇月間リース料を支払うことの承諾を求め、Xはこれを承諾したこと、Xから右承諾を得たため、Mは特約店にMSトゲザーについてのリース契約の申込みをさせ、本件契約のほかそのころ締結された他の多数の特約店とXとの間のMSトゲザーについてのリース契約に関して、Xからリース物件の代金の支払を受け、リース料については初回金からMがまとめてXに支払っていたこと、しかしMは六箇月経過してもソフトウェアを完成させることはできず、MはXに対してなお引き続き三箇月間Mがリース料を支払うことの承諾を求め、Xはこれを承諾し、Mが引き続きリース料を支払っていたことが認められる。
以上認定したようなMとY1との関係並びにMとXとの間の緊密な提携関係及びMSトゲザーのリース料支払に関する交渉経緯に照らすと、前記のような目的物件の引渡しの不履行をもたらしたMの事情についても、Xは、Mの一特約店であるY1以上に知り、又は知りうべき状況にあったものと考えられる。したがって、MとY1との関係のみに基づくXの前記主張は失当といわざるを得ない。
(3) 本件契約においては、ユーザーによる初回金の支払をもってXが目的物件の引渡しを間接的に確認するしくみになっていたことは前示のとおりであるところ、Xは、Y1が初回金の支払をしたことをもって、目的物件の引渡しがないというY1の主張が信義則に反するとのXの主張の根拠としている。
しかしながら、Xに対する初回金の入金がY1からではなく、MからY1の名でなされたものであることも前示のとおりである。Xは、右入金がY1とMとの合意に基づいて行なわれたものであり、したがってY1の意思に基づいてなされたものであるから、Y1自身による入金と同視すべきであると主張し、前認定の事実、<証拠>によれば、Y1が本件契約の申込みをするのと同時に、MとY1との間で本件契約のリース料の初回分から六箇月分をMが負担して支払う旨の合意がなされた可能性のあることがうかがわれる。しかしながら、Mによるリース料の初回金の支払がリース物件の引渡前にされることをY1において承諾し又は容認していた事実を認めるに足りる証拠はなく、このことにMがリース料を支払うことになった前認定の事情、Mがリース料を支払うことについてXが承諾していたこと等を併せ考えれば、本件における前示の初回金入金の事実をもって、ユーザー自身が目的物件の引渡しのないことを知りながら自ら初回金の支払をした場合と同視することはできず、右事実を信義則違反の根拠とすることはできないものというべきである。
(4) 以上検討したところによれば、本件において、Y1が目的物件の引渡しのないことを主張して、リース料の支払を拒絶することが信義則に反すると解すべき理由はないというべきである。
4 本件契約の目的物件の引渡しがなく、したがって、Y1は、リース料支払義務を負わないと解すべきであることは前示のとおりであるから、リース料不払を理由とする原告の解除(1)の主張は失当である。
また、Xは、Y1が目的物の引渡し確認義務を怠ったことを理由として本件契約の解除を主張するが、現に目的物の引渡しがなく、本件契約の効力は発生していないのであるから、契約解除原因としての引渡し確認義務を論ずる余地はないものというべきであり、右主張も失当である。
三 不法行為の主張について
Xは、Y1の本件契約の申し込み及び初回金・リース料の支払の行為が不法行為を構成すると主張するが、目的物件の不存在等のいわゆる「空リース」において事情を知りながらリース会社から目的物件の買取代金を詐取する目的でなされるリース契約の申し込みは不法行為を構成するものと解されるものの、本件契約において、Y1が右のような目的で本件契約の申込みをしたことを認めるに足りる証拠はない。なお、Y1が本件契約の申込みをした時にはリース物件の引渡しがなされていなかったものであるが、リース物件が引き渡される前にリース契約の申込みをすることはむしろ通常の事態であって、そのこと自体は何ら不当なものではなく、Y1において将来とも物件の引渡しがないことにつきMとの間で通謀していたこと、あるいは、これを容認していたこと等を認めるに足りる証拠はない。また初回金及びその後のリース料の支払については前認定の経緯でXの承諾の下にMにより支払われていたものであって、Y1がこれに同意していたとしても、前認定の事実関係の下においては、Y1の所為は何ら違法のものということはできない。その他、これまでに認定した本件の事実関係において、Y1の行為が不法行為を構成すると解する余地はないものというべきであるから、Xの不法行為の主張は、失当である。
二 よって、原判決は相当であって本件控訴は理由がない……」